ハマスの蛮行に憤ってもイスラエルを支持してはいけない理由―ではどうするべきか?
イスラエル軍によって一家を虐殺されたガザの少女 筆者2009年撮影
本来であれば、もっと早くに時事解説すべきだったのでしょうが、あまりにこれまでの状況と異なり、また起きていることの悲惨さから、私自身、かなり混乱・困惑してしまったのが、正直なところです。今月7日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマス等の武装勢力が、突然、分離壁・フェンスを破壊してイスラエル側に入り、周辺の村や集落を襲撃。現時点で、イスラエル側の被害は約1200人とされていますが、その大部分を民間人が占めているとのことです。他方、イスラエル側は、報復としてガザへの大規模空爆を開始。これにより、多数の民間人が死傷し、国連や赤新月等の人道支援活動のスタッフも殺されています。こうした状況を、私達はどう見るべきなのでしょうか。これまでガザ現地での取材を幾度もした者として、解説も交えて私見を述べていきますが、最も重要なことは、感情論やどちら側を支持するということでなく、国際法や国際人道法の視点で、本件に向き合うということではないかと思います。
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〇西側と中東の反応
今回のハマスによる大規模な襲撃について、欧米諸国は強く批難し、イスラエル支持を明確にしています。EU(欧州連合)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は自身のツイッター(X)の投稿で幾度も「イスラエルと共に立つ」と述べ、米国のバイデン大統領も、ハマス掃討のため、イスラエルに武器弾薬等の軍事支援を行うと表明。一方、中東諸国21カ国と1地域によるアラブ連盟のアブルゲイト事務総長は、「ガザでは、これまでも多くの人々が殺害され、流血の事態が起きてきた。イスラエルはこうした行為を繰り返してきた」として、イスラエルを批判しました(関連報道)。立場の違いによる国際社会の分断が起きている状況です。
〇ハマスの過激化と米国の外交政策
確かに、今回のハマス等の襲撃は、この20年あまり幾度もパレスチナを取材してきた私にとっても衝撃的でした。わずか20分間に数千発も発射されたハマス等のロケット弾に対し、イスラエル側が防空システム「アイアンドーム」で防ぎきれず、被害を被ったこともさることながら、ハマス等のパレスチナ側の武装勢力がイスラエル側で子どもや女性も含む多数の市民を殺害したことや、外国人を含め百数十人もの人質を取ったこと、さらに、イスラエル側がガザに攻撃を続けるならば、人質を殺害し、そのことを公開すると宣言していることに驚きを禁じ得ません。
とりわけ、ハマスについて言えば、イスラエルに対する敵対心は強かったものの、ガザでは外国人の記者やNGO関係者が誘拐されたり殺害されたりすることは、過去、ほとんどなく、むしろ民間人の誘拐・殺害を積極的に行うIS(いわゆる「イスラム国」)の影響をガザから退けてきたのが、ハマスでした。ただ、今回起きたことから、ハマスが過激化し手段を選ばなくなっていると見るべきなのかもしれません。
何よりも驚きだったのは、その無謀さです。過去、イスラエル側はそれが比較的、僅かな被害であったとしても、ハマス等の攻撃に対しては、10倍返し、20倍返しの猛烈な報復をガザに対して行い、一般市民の犠牲も全く意に介さないのが常でした。今回の様なイスラエル市民への大規模な襲撃を行えば、イスラエルはガザそのものを徹底的に破壊し尽くすだろうことは、ハマス側も理解していたはずです。なぜ、そのような無謀な行動にハマス等が突き進んでしまったのかは諸々の議論がありますが、一つには米国の責任も重いのではないでしょうか。すなわち、イスラエルによる度重なる攻撃でガザの人々が殺され続け、さらにイスラエルによるガザ封鎖で人々の生活が困窮している状態(後述する「集団懲罰」状態)にありました。国連パレスチナ難民救済事業機関 (UNRWA) によると、ガザ地区の人口約200万人のうち、3分の2以上が貧困または極度の貧困に苦しんでいるとのこと。しかも、近年、米国はUNRWAへの資金拠出を渋るようになり、ガザの人々の生活危機はますます深刻になっていました。
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これらの問題を放置する一方、米国は中東各国に働きかけ、イスラエルとの国交回復を進めてきました。実際、アラブ首長国連邦やバハレーン、モロッコなどが、次々とイスラエルと国交を回復し、アラブ諸国の盟主であるサウジアラビアも、米国の仲介でイスラエルとの国交回復に向けて動いていました。これらのアラブ諸国は、かつては「アラブの大義」として、パレスチナ解放運動を支持・支援してきたのですが、パレスチナを国家として独立させるという中東和平(1993年のオスロ合意での「2国家共存」)が頓挫し、むしろ、後退していく中で、米国はイスラエルへの年間35~38億ドルという膨大な軍事支援を継続し、また上述したように、アラブ諸国を懐柔してきたのです。そうした中、追い詰められたハマスがイスラエルを攻撃することで存在感を示し、またイスラエルがガザの人々を殺害することで、中東そしてイスラム圏全体での反米・反イスラエル感情を高めるための賭けに出たという可能性はあります。無論、だからと言ってハマス等の蛮行が正当化される訳ではありませんが、ここ近年の米国のやり方は、かつて自国が仲介した中東和平にも反するものでした。いずれにせよ、今回のハマス等の大規模襲撃は、200万人以上が暮らすガザ全体をも巻き込んだ、イスラエルとの「最終戦争」に発展する可能性は高く、それによる被害の大きさは想像したくもありません。
イスラエルによるガザへの大規模攻撃(2014年)
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〇「イスラエルの自衛権」が意味するものは虐殺
今回の襲撃を受け、欧米各国の首脳らは「イスラエルの自衛権を支持する」等と発言しますが、自分達の言っている意味がわかっているのか?と問いただしたくなります。イスラエルが「自衛権」という言葉を使う時、それは、ハマス等に対してのみならず、ガザの一般市民をも無差別に攻撃することを意味することは、過去のガザへのイスラエル軍の攻撃を見ても明らかです。しかも、ハマスの「ロケット弾工場」は地下にあり、通常の空爆では一掃することは困難であることを、これまでの経験からイスラエル側もわかっているだろうに、ガザの人口密集地に強烈な空爆を続けています。これでは、単なる腹いせでの虐殺です。
現地住民のSNS等や中東系メディアの報道などを見ると、住宅地に対する攻撃で死傷者が続出していることや、ガザ中心部の商業地区も、今回の空爆で更地のように殲滅されていることが確認できます。
しかも、今回、イスラエル側はガザ全体を攻撃対象とすることを、隠そうともしていません。イスラエルの国防大臣であるガラント氏はカメラの前で臆面もなく、「我々は人間の顔をした動物と戦っており、それに見合う行動をする」と発言。ガザへの電気や水、燃料等の供給を停止するとし、隣接するエジプトからの供給に対しても、攻撃を辞さないかまえです。
2007年以降、イスラエルに封鎖されているガザは、外部にライフラインを依存せざるを得ない中、兵糧攻めは、文字通りの人道危機をもたらします。こうしたハマスのみならず、ガザ全体に攻撃を行い、人道危機を引き起こすことは、国際人道法違反である「集団懲罰」*にあたります。
*その国や地域、民族など、あるグループ(集団)のメンバーによって犯されたとされる行為に対して、そのグループ全体に科される罰または制裁。ジュネーブ諸条約共通第3条で禁止されている。
〇戦争の最中でも民間人に危害を加えてはいけない
戦争の最中であっても、戦闘に参加していない一般市民(=文民)が危害を加えられないことは、国際人道法の核心となるものであり、それを国家として蹂躙することは、基本的人権を根本原理とする現在の国際法秩序(=「法の支配」)を正面から否定することになります。ウクライナに侵攻したロシアが国際社会から批判され、制裁の対象となっているのも、国連憲章違反の侵攻それ自体もさることながら、国際人道法違反を繰り返し、ウクライナの一般市民を攻撃しているからです。
ロシアの国際人道法違反を強く批判する欧米諸国がイスラエルのそれを止めようとしないのであれば、深刻なダブルスタンダードとなり、そこにロシアがつけ入るだろうことは、容易に想像できるでしょう。「法の支配」が有効に機能しないのであれば、結局、暴力が全てを左右するということになってしまいます。
生々しい映像と共に、ハマス等の蛮行が明らかになっている中、日本においてもイスラエルを支持するような言説が特にネット上で一定数見られますが、重要なのは、
・イスラエルの民間人が殺されたことに憤り、その蛮行を法に基づき裁くことと、イスラエルによるパレスチナへの占領政策や無差別攻撃を支持することは分けて考えるべき。
・同様に、ガザの人々の状況を案じ同地域への集団懲罰に憤ることと、ハマスを支持することは同義ではない。
ということを、まず確認することかと思われます。
「ガザの一般市民もハマスを支持している以上、責任がある」等の主張もありますが、ガザにおいて、公正な選挙が行われたのは、2006年が最後であり、その際にハマスは支持を得たものの、パレスチナ政策調査センターによる世論調査(今年9月)では、ガザでのハマスの支持率は38%程度(関連情報)。まして、今回の大規模襲撃については、ガザの一般市民はおろか、ハマスの構成員の中でも、計画全体を把握していたのは、ほんの一握りだとされています。
一方、イスラエルは民主的な選挙が行われている国であり、この間の右派政権がガザへの攻撃を繰り返していることは誰もが周知のことです。もし、ハマス等の所業を理由にガザの人々が殺されることを容認するというならば、イスラエルの一般市民を殺したハマス等の蛮行もまた、イスラエル政府の振る舞いを理由に一定の正当性を持たせることになってしまいますが、これらの理屈は、上述したように国際人道法上、あり得ないことです。
〇「法の支配」による解決を目指せ
パレスチナは、ICC(国際刑事裁判所)に加盟していますから、今回の大規模襲撃を指揮したハマス幹部は出頭し、法による裁きを受けるべきです。同時に、イスラエルはICC加盟を拒否していますが、国際社会としてICC加盟を迫ることも、これ以上の流血を避ける上で重要でしょう。
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状況は絶望的とも言えますが、ともかく、戦争中であれ一般市民を殺さないという国際人道法の徹底は、ますます重要になっています。そして、オスロ合意や集団懲罰の禁止に反したイスラエルを支持・支援し続ける西側諸国、とりわけ米国の外交安全保障政策も見直されるべきでしょう。バイデン政権はイスラエルへの軍事支援を行うとしていますが、むしろやるべきことは逆です。イスラエル側があくまでガザの一般市民を殺し続けるというのなら、米国は現在既に行っている対イスラエル軍事支援も撤回すべきです。イスラエルの直近の軍事費(234億ドル)の内、米国の支援は6分の1以上を占めます。こうした、中東や世界を不安定化させている米国の独善的な外交安全保障政策に対し、国際社会は声を上げていかなくてはいけません。
(了)
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志葉玲(しば れい)プロフィール:
番組制作会社を経て、2002年からフリーランスのジャーナリストとして活動開始。パレスチナやイラクなどの紛争地での現地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、入管による在日外国人への人権侵害等、様々なテーマを取材し記事等を執筆する。 2022年4月と2023年2月、ウクライナでの現地取材を敢行。週刊誌や新聞、通信社などに寄稿、テレビ局に映像を提供。Yahoo!ニュース・エキスパートのオーサー(オフィシャルライター)。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう! ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。
公式サイト: www.reishiva.com
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