ウクライナを食いものにする日本の「平和主義者」と岸田政権
消防士の男性 ウクライナ中北部ボロディアンカにて筆者撮影
今日2月24日はロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから2年の節目です。諸事情あり、現在はウクライナではなく、日本にいる筆者ですが、この間の日本でのウクライナ報道にもの思うところがあり、今回はコラム的なかたちで、ウクライナ侵攻にどのように向き合うべきかについて、まとめてみたいと思います。
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日本の平和主義を浸食するロシアの論理
ウクライナに関しての直近の記事では、NHK「クローズアップ現代」に元外交官の佐藤優氏が出演した問題についてのものが、大変大きな反響があり、筆者としても嬉しく思っております。ただ、問題はクロ現だけではなく、他の媒体(民放、新聞、雑誌etc.)にも、いわゆる「ロシアン・スクール」と呼ばれるロシア語や対ロシア外交を専門とする元外務官僚らや、ロシア関連を専門とする学識経験者らが、ここ最近、メディア上で発言することが増えているようにも思えます。「ロシアの専門家」と言えば、聞こえはいいのですが、先に書いた記事の通り、彼らはロシアの内在的論理を主張しているだけというのが実態だと言えるでしょう。そして、厄介なのは、こうしたロシア側の主張というものが、一見、平和を望んでいるような語り口で、左派/リベラル側の媒体で発信されているという点です。
reishiva.theletter.jp/posts/f50d61a0…
#NHK が元外交官で作家の #佐藤優… 「佐藤優クロ現問題」でNHKに批判相次ぐ―世論分断工作に加担?ウクライナ取材のジャーナリストが解説 NHKが、元外交官で作家の佐藤優氏のインタビューを報道番組『クローズアップ現代』やウェブニュースで大きく取り上げたこと reishiva.theletter.jp
あえて媒体の名指しはしませんが、先日もがっかりしたことがありました。ウクライナ侵攻開始から2年をテーマに、某媒体の取材を受けたのですが、ウクライナ侵攻を終わらすためとして筆者が非常に強く訴えた部分については薄められ、一方で同じ記事中の別のコメンテーターの方が「戦争を止めるためには、中立的なグローバルサウスの国々、新興国の国々の声を汲み取りながら、対立を強調している欧米を停戦の方向へと促すべき」との趣旨での発言をされており、これは筆者が訴えたことと、ある意味、正反対のベクトルでした。
ウクライナ侵攻を終わらすため日本がすべきこと
上述の取材対応の中で筆者が訴えた内容というものは、一つには日本がロシアの戦争継続に加担しており、それをやめるべきということです。ロシア最大の産業は化石燃料の分野であり、日本はロシア産天然ガス輸入を続けています。そして、ロシア産天然ガス採掘事業のサハリン2の権益は維持するというものが、日本の外交方針です。先日も、筆者は上川陽子外務大臣の会見に参加しましたが、上川外相がロシアによるウクライナ侵攻を批難し「法の支配」の重要性を強調した、その舌の根も乾かぬうちに、あらためてサハリン2の権益維持を明言したことは、極めて深刻な矛盾でした。もし、本当に日本政府が「法の支配」を重視するならば、ロシア産天然ガスの輸入をやめ、太陽光や風力などの発電に切り替えていくべきなのです。
news.yahoo.co.jp/expert/article…
#ウクライナ 岸田政権の無策がプーチンの戦争に加担する―海外メディアも批判(志葉玲) - エキスパート - Yahoo!ニュース 先日、筆者が配信した記事で、岸田政権が石炭火力発電の廃止に後ろ向きであり、世界的な脱炭素の動きの足を引っ張っていること news.yahoo.co.jp
在日ウクライナ人の方々もデモ等で訴えてきたように、ロシアの戦費となる天然ガスを日本は輸入すべきではありません。ロシアに戦争をやめさせる上で重要なのは、ロシア産の天然ガスや石油、石炭等の国際取引を減少させ、ロシアが戦争を続けたくても戦争できない状況にしていくことです。
また、二つ目としては、ロシアの継戦能力を断つためには、日本や欧米だけの経済制裁では十分ではなく、とりわけロシアとの取引の多い中国やインド、トルコをいかに対ロシア経済制裁に巻き込んでいくかの外交が重要です。この点について、筆者は上述の取材に対し、口をすっぱくして強調したつもりでした。
ウクライナを利用する岸田政権には憤りを感じるが…
ただ、上記の部分は大幅にカットされ、筆者のコメントからは「日本は(迎撃ミサイルの)パトリオットを米国に売るべきではない」という部分が強調されたのでした。これは、日本が米国にパトリオットを売ることで同ミサイルの米国の保有数に余剰が生まれ、それをウクライナに供与してもらうという「間接的支援」を口実に日本の政府与党が兵器輸出の要件を緩和しようとしていること、日本が米国にパトリオットを売ったとして、それによる余剰分をどこに供与するかは、米国次第で日本には決定権がないこと等への批判であり、これら自体は筆者が語ったことで間違いはありません。そもそも、岸田政権は防衛費の倍増等の「軍拡」においても、ウクライナ侵攻を利用してきました。そのことに筆者も強い憤りを感じている旨も話しました。
ただ、一方でウクライナの人々は日々、ロシアからのミサイルやドローン攻撃等に脅かされており、パトリオット含む防空システムの支援を求めていることは大前提であると説明し、米国にパトリオットを売るくらいなら、ウクライナに直接、供与した方がまだマシだということを、筆者としては取材対応の中で語ったのですが、そこもカットされました。
ロシア軍の攻撃を受けた保育園 ウクライナ東部ハルキウにて筆者撮影
メディアには編集権というものがあり、取材した内容をいかにまとめて発信するかは、最終的には、そのメディアの判断となります。それは筆者自身、普段からそのように記事を書いて発信しておりますので、そのこと自体は否定しませんが、結局のところ、最初から件の記事の構成が決まっていた印象は否めません。そして、上述の媒体のみならず、日本のリベラル寄りの媒体に多く見られる言説としてあるのが、「ロシアとの対立を強調している欧米こそが、ウクライナの人々の犠牲が増え続ける元凶」だという「欧米悪玉論」であり、また、日本はウクライナ支持に傾かず、より中立的な立場を取るべきだという「どっちもどっち論」です。
ウクライナ侵攻から2年も経つのに、この侵攻の本質を捉えることなく、むしろ2年が経過したことも理由に上述のような「欧米悪玉論」「どっちもどっち論」でウクライナ侵攻を語る日本のメディアは一体、何を見ているのかと頭を抱えざるを得ません。結局のところ、客観的な事実よりも、媒体としてのイデオロギーを優先しているだけ、或いは、その媒体の客層(視聴者や読者等)に媚びているだけなのかもしれません。
nikkan-spa.jp/1855549
ただ、日本国憲法前文は日本だけ平和ならそれでいいという内向性とは真逆のもの(続く ウクライナ報道にみる「朝日新聞」の迷走――現地を取材したジャーナリストが批判 | 日刊SPA! 今年2月24日にプーチン大統領の命令の下、ロシア軍がウクライナに侵攻してから半年が過ぎた。だが、日本のメディア上で識者に nikkan-spa.jp
「中立的な立場」はあり得ない
とりわけ、日本においては喧嘩両成敗的な「どっちもどっち論」に基づく、中立的立場を至上のものとする言説は、受け入れられやすいのでしょうが、ウクライナ侵攻において「中立的な立場」はあり得ないと言えます。というのも、国連憲章において、他国への武力行使は原則禁止されており(同2条4項)、例外は自国が攻撃された時の「自衛権」(同51条)などです。これが軽んじられるのであれば、国際秩序は危うくなり、それこそ、日本国憲法の「戦争放棄・戦力不保持」が脅かされる事態にもなりかねません。この日本国憲法に基づく平和主義は、「法の支配」の下で国際秩序が保たれていることに大きく依存するからです。
また、ウクライナ侵攻に関して、「軍の即時かつ無条件の撤退」をロシアに求める国連決議は、141カ国により支持されており、反対はロシア含む5カ国だけ。中国やイランなど棄権した国々35カ国も、どちらかと言えばロシア寄りか、欧米に反発してでのスタンスです。これらの反対/棄権した国々の方に日本が寄ることが、「中立的」なのかと言えば、むしろ国連憲章や国際秩序を軽んじる側に足を踏み入れることになると言った方が適切でしょう。
「ロシア即時撤退を」国連決議141カ国賛成、5カ国反対
nikkei.com/article/DGXZQO…
#ウクライナ 「ロシア即時撤退を」国連決議141カ国賛成、5カ国反対 【ニューヨーク=白岩ひおな、吉田圭織】国連総会は2日の緊急特別会合で、ロシアによるウクライナ侵攻に「最も強い言葉で遺憾の www.nikkei.com
これに対し、原理原則よりも、とにかく戦争をやめることが重要だと訴える人々もおり、とりわけ、日本のリベラル言論人や学者等に、そうした傾向が強くあります。ただし、彼らが主張しているのは、結局のところ、ウクライナ側に妥協を強いるだけのものであり、上述したような、いかにロシアに侵攻を止めさせるかというものではありません。「平和」を語る人々が、ウクライナの人々に侵略と占領を甘んじて受けいれろというのは、非常に暴力的で、それをさも良いことのように語っている様は極めてグロテスクです。
nikkan-spa.jp/1904062
#ウクライナ ロシアとウクライナの“即時停戦”を求める、日本国内の声に感じる違和感 | 日刊SPA! G7指導者に対して、「即時停戦」のためのロシアとウクライナの交渉の場をつくるよう求める――。4月5日、伊勢崎賢治・東京外 nikkan-spa.jp
また、そもそもロシアのプーチン大統領の目的は、民主主義国家としてのウクライナを崩壊させ、傀儡国家とすることであり、それはプーチン大統領自身が「非ナチ化」という言葉で語っているように、現在も変わっていません。つまり、現実論として、仮にウクライナ側が戦争をやめたいと思っていても、プーチン大統領が戦争をやめるか否かは全く別なのです。ウクライナ(と欧米)に妥協を求める「即時停戦論」は、上述の様な本のリベラル言論人や学者等、或いはロシア・シンパの「専門家」達によって、さも「現実的」なものであるかのように語られていますが、実際は全く非現実的であり、ウクライナの人々の悲劇的な状況をもたらしかねないものです。
イデオロギーより現地の人々の声に耳を傾けよう
何故、「平和」を求めているはずのオピニオンリーダー達が、極めて暴力的な言説を語るのか。一つには、根深い「欧米悪玉論」があるかと思います。日本の平和主義はベトナム反戦運動やイラク反戦運動の影響を強く受けてきました。そこでの悪役は米国です。筆者自身、イラク戦争や今、パレスチナ自治区ガザで行われている虐殺において米国をかばう気は一片もなく、むしろ、責任追及する立場です。ただし、こうした「欧米悪玉論」をウクライナ侵攻に当てはめるべきなのかは、大いに疑問があります。
日本の「平和」を訴えるオピニオンリーダー達や彼らの主張を取り上げるメディア関係者の問題として、あくまでウクライナの人々に向き合っていないということもあります。ウクライナ侵攻における「欧米悪玉論」の一つの大きな核となっているのがNATO原因説です。つまり、「欧米の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)が冷戦後もロシア側へ拡大していったことプーチンの逆鱗に触れ、ウクライナ侵攻を招いた」というロジックです。これは一見とてもわかりやすく、また欧米側さえ姿勢を改めれば戦争が終わるように見えるため、オピニオンリーダー達を含む日本の平和を求める人々(の一部)や、彼らの同調するメディア関係者らにとっては、受け入れやすいのでしょう。
ウクライナ南部マリウポリから避難してきた少女 筆者撮影
ただし、筆者がウクライナの人々にNATO原因説について聞くと、多くの場合、鼻で笑われます。そして、ウクライナの人々は「2014年の時点でロシアの侵攻が始まっていたんだ」と語ります。つまり、2014年2月に当時の極めてロシア寄りで抑圧的だった政権が民衆のデモにより倒れたこと(=マイダン革命/関連情報)、自分の傀儡国家だったはずのウクライナが欧州との関係を強化して民主主義や経済の発展を目指すようになったことに、自身も独裁者であるプーチン大統領は怒り、脅威を感じたので力づくの介入を始めた―というものが、大方のウクライナの人々のリアルな実感なのです。筆者としても、2014年前後から現在に至る時系列からみて、ウクライナの人々の実感は正しいのではないかと思います。
繰り返しになりますが、日本の「平和」を訴えるオピニオンリーダー達や彼らの主張を取り上げるメディア関係者は、ウクライナの人々に向き合っていません。彼らに対し、ウクライナ侵攻開始から2年経ってなお、現地の人々の声よりも自らのイデオロギーや過去の経験を優先しているのだと批判せざるを得ないのです。他方、日本の政府与党も本当にやるべきことをやらず、自らのイデオロギーのためにウクライナを利用し続けています。
現場を取材してきた者として、日本の人々や政府に対し、主義主張の右左でウクライナを利用したり、あるいは軽視したりするのではなく、本当の意味で平和を実現するための努力をして欲しいと強く願います。
(了)
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