18年の愛、国家が潰して良いのか?日本人と結婚したスリランカ人に非情の判決、司法も問われる存在意義

 日本人女性と正式に結婚しているのにもかかわらず、在留資格を認められないスリランカ人男性。夫婦は、在留特別許可を求め、裁判を起こしたが、東京地裁は法の原則も無視して、法務省/入管の主張を丸飲みした。この件について、長年、入管問題を取材してきたジャーナリストが解説。
志葉玲 2024.12.24
誰でも
ナヴィーンさん(左端)と、なおみさん(左から2人目) 筆者撮影

ナヴィーンさん(左端)と、なおみさん(左から2人目) 筆者撮影

 結婚という個人にとって極めて重要なものを国家が理不尽に潰そうとする―スリランカから迫害を逃れて来日したナヴィーンさん(43)は、日本人女性なおみさん(53)と出会い、10年程の交際を経て、2016年に結婚しました。ところが、法務省/出入国在留管理庁(入管)は、今なお、ナヴィーンさんの在留資格を認めていません。二人は、国に対しナヴィーンさんの難民認定や在留特別許可を求め、2022年に訴訟を起こしましたが、今月17日、東京地方裁判所(品田幸男裁判長)は二人の請求を棄却しました。なぜこのような理不尽な状況になっているのか。判決後の記者会見でナヴィーンさんとなおみさんに取材しました。

【志葉からのお知らせとお願い】ウクライナやパレスチナなどの紛争地での現地取材や地球温暖化対策、脱原発、入管問題などで鋭い記事を配信し続けるジャーナリスト志葉玲が、ジャーナリズムの復権と、より良き世界のための発信をテーマにニュースレターを開始。本記事含め、当面、無料記事を多めに出していきます。お知らせのための登録だけなら無料ですので、是非、以下ボタンからご登録ください。Journalism will never die!!

〇結婚後も在留認めず収容施設に拘束

 ナヴィーンさんが来日したのは、2004年のこと。母国スリランカで政治活動を行っていたところ、対立政党の支持者らから襲撃を受け、鉄パイプで激しく殴られて大けがを負いました。命の危険を感じたナヴィーンさんは語学留学することで日本へと逃れました。

 2005年、ナヴィーンさんはなおみさんと出会い、お互いに好意を持ちますが、当時、なおみさんは幼い子どもを抱えるシングルマザーであったため、「子どもが育つまで結婚は待ってほしい」と伝え、ナヴィーンさんもそれを受け止め、待つことにしました。

 同じ頃、ナヴィーンさんは留学先の日本語学校に払う授業料を仲介業者に横領され、学校に通えなくなってしまいます。そして、同年の12月に在留資格を失ってしまいますが、迫害の恐れがあるためにナヴィーンさんにとって、帰国したくても帰国できない状況でした。2013年には難民認定申請も行いましたが、法務省/入管側はそれを認めるどころか、退去強制令書を発付します。

 その後も、ナヴィーンさんとなおみさんは交際を続け、2016年に正式に結婚し、法的に夫婦となったにもかかわらず、法務省/入管側はナヴィーンさんに在留資格を与えようとしません。そのため、ナヴィーンさんは就労することもできず、結婚後も2017年、入管の収容施設に10カ月にわたって拘束された上、最悪の場合には、今後、スリランカへと強制送還される恐れもあります。ナヴィーンさんとなおみさんは、裁判を起こしましたが、上述の通り、東京地裁の判決は非情かつ理不尽なものでした。

〇憲法判断から逃げた東京地裁

 東京地裁は、迫害される恐れがある難民だとのナヴィーンさんの主張を認めず、「スリランカ政府が迫害を容認しているとは言えない」として、法務省/入管側の主張を追認。また、難民として認定されなくても、なおみさんと夫婦として日本で生活するための在留特別許可を認められないことは不当だとのナヴィーンさんの主張を、東京地裁は退け、「婚姻関係は不法残留という違法状態の上に築かれたものだった」として、これまた法務省/入管の主張を丸飲みしたのでした。

 東京地裁の判決や法務省/入管側の姿勢、とりわけ、なおみさんとの結婚生活のためのナヴィーンさんの在留特別許可を認めないということは、法的にも極めて大きな問題があります。二人の代理人である浦城知子弁護士、桐本裕子弁護士は、「夫婦には家族共同生活する権利(憲法24条1項、13条)、家族への不法な干渉を受けない権利、家族として保護を受ける権利(自由権規約17条1項、23条1項)があり、ナヴィーンさんとなおみさんの婚姻は、在留特別許可を認めるための積極的な事情をして考慮されるべきでしたが、憲法や国際条約からの判断を裁判所はしませんでした」と残念がります。

ジャーナリスト志葉玲
@reishiva
裁判所が常に「法と証拠に基づいて判決を下す」とは限らない。難民その他の帰国できない事情を抱える人々に対するな日本政府の対応について、国連の人権関連の機関や専門家達が国際法違反を幾度も指摘しているが、裁判所が国際法違反の判断を避けることは珍しくない。
news.yahoo.co.jp/expert/article…
「日本の恥」となった入管―国連専門家らが連名で批判、入管法「改正」案は国際人権基準を満たさず(志葉玲) - エキスパート - Yahoo!ニュース  まさに前代未聞の事態だ。法務省/出入国在留管理庁(以下「入管」)が今国会に提出した入管法「改正」案に対し、「国際法違反 news.yahoo.co.jp
2024/12/24 11:41
1Retweet 2Likes

〇偽装結婚ではないとわかっているのに…

 実際、オーバーステイ等で退去強制(入管法24条)の対象とされても、法務大臣は「特別に在留を許可すべき事情」がある場合、職権で在留を認めることができると、入管法50条1項に規定されています。また、在留特別許可のガイドライン(2024年3月改定)では、在留特別許可を認める際に考慮する事情の一つとして、日本人と結婚していることがあげられ、

「当該外国人が、日本人又は特別永住者と法的に婚姻している場合(退去強制を免れるために、婚姻を偽装し、又は形式的な婚姻届を提出した場合を除く)であって、夫婦として相当期間共同生活をし、相互に協力して扶助しており、かつ、夫婦の間に子がいるなど婚姻が安定かつ成熟していること」

 と、具体的に書かれています。ナヴィーンさんとなおみさんの間に子どもはいませんが、10年の交際を経て、8年余りも結婚生活を続けてきたことは、「夫婦として相当期間共同生活をしたこと」「婚姻が安定かつ成熟していること」として考慮されるべきなのです。実際、会見でナヴィーンさんは「入管側は『あなた達が偽装結婚ではないことはわかっている。だから(夫婦としての実態があるか確認する)訪問しての調査は必要ない』と言っていました」と語っています。

〇法の原則を無視する入管、東京地裁

 一方、同ガイドラインは、「当該外国人が、過去に退去強制手続又は出国命令手続をとられたことがあること」はマイナス要因とされるとしていますが、この一点だけで上述した憲法上の「家族共同生活する権利」、国際条約上の「家族への不法な干渉を受けない権利」、「家族として保護を受ける権利」への侵害を法務大臣がしたこと、さらにそれを裁判所が丸飲みしたことは、極めて深刻です。

 法の原則として、「上位法は下位法に優先する」「上位法に違反する下位法は無効となる」というものがあります。つまり、上位法である憲法や国際条約は、下位法である入管法に優先するのです。まして、法律ですらなく、法律の運用についての指針でしかないガイドラインの一部分だけをもって、憲法上、国際条約上の権利を個人から奪うとは、あり得ないことなのではないでしょうか。ナヴィーンさんに在留特別許可を認めなかった入管(具体的には当時の東京出入国在留管理局長)や、その判断にただただ追従した東京地裁の品田幸男裁判長は、法に関わる者としての資質に欠くと言っても過言ではないかもしれません。

〇入管のモラハラ、問われる「司法の独立」

 上述したように、家族の絆を断ち切ろうとすることは、憲法上、国際条約上の重大な人権侵害です。そうした認識が法務省/入管側には著しく欠けています。なおみさんは会見で、入管職員らの不適切な言動について「本当に心が痛い」と語りました。

「入管から『旦那さんは退去強制発布されてるんだから、帰るように説得しなさい』って言われます。私は、妻としてやっぱり一緒にいたいわけなので、説得して帰らせる様なことは言わないし、できないんですよ」(同)

 ナヴィーンさんとなおみさんの件に限らず、法務省/入管は、あたかも入管法24条が、憲法や人権関連のあらゆる国際法よりも上位の最高法規であるかのような振舞いを繰り返しており、それは国連の人権関連の機関や専門家から再三、是正するよう勧告を受けている問題です。法務省/入管のよく使う標語に「ルールを守って国際化」というものがありますが、ルールを守るべきなのは、法の原則に従うべきなのは、法務省/入管の側でしょう。

 今回の判決を受けて、ナヴィーンさんとなおみさんは、近日中に控訴するとのことです。法務省/入管による人権侵害を、東京地裁の品田幸男裁判長のように、裁判所がただただ是認するのならば、三権分立としての司法の存在意義が問われます。東京高等裁判所が、より適切な判断をするよう、長年、入管問題を取材してきた筆者としても願ってなりません。

(了)

【志葉からのお願い】本記事はいかがだったでしょうか?有意義な記事だと思われたら、SNS等での拡散、シェアを是非よろしくお願い致します。

無料で「志葉玲ジャーナル-より良い世界のために」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

提携媒体・コラボ実績

誰でも
【脱炭素】なぜ日本は批判されるのか―中国や米国の方が酷い?ポジティブな...
読者限定
ハリスの歪んだ「ポリコレ」が招いた皮肉―トランプ勝利に助力、民主党支持...
誰でも
SUGIZOが語る「異なるもの」の魅力―排外主義へ憤り、平和への想い
読者限定
グレタさんも抗議!女性達の首を絞める、投げ飛ばすetc. ドイツの「ナ...
読者限定
日本でクルド人迫害が深刻化―ひき逃げ、「皆殺しにして豚のエサにする」と...
読者限定
ユダヤ団体が猛批判「イスラエルはナチス国家」―ネタニヤフ訪米に憤り
読者限定
「女性は敵、赤ん坊は敵、妊婦は敵」イスラエル側の真意、バイデンの偽善も...
読者限定
電気棒を肛門に突き刺す、イスラム女性を路上で裸にする―イスラエル軍の性...